プルートの体力





ひなたぼっこ
ひなたぼっこのプルート

寛ぐ
マイレザーソファーで寛ぐプルート

元気?
一見元気そうなプルート

熟睡
熟睡しているプルート

最近ノーベル文学賞作家について二人の小説家を特に好きになっています。
一人はトルコのオルハン・ハムクです

ノーベル賞作家
2008年ノーベル文学賞受賞作家 オルハン・ハムクの「私の名は紅」をやっと読み終えた。

大江健三郎に負けない難読な文章の様に感じた。ミステリーな殺人と中世の征服戦争、宮廷画家の争い、恋愛をベースにイスタンブールの7日間の出来事を小説化している。

毎日数ページつ眠り薬のように読み、後半は一気にハラハラドキドキして読み進んだ。最後は心地よい結びの章で読み終わった。
約500年前のアヤソフィアモスクやイスタンブールの旧市街が舞台である、「百聞は一見に如かず」イスタンブールの土地を想いだし小説に夢想した。印象に残る一冊となりました。


もう一人は日系イギリス人のカズオ・イシグロです。

松山大学大学院言語コミュニケーション研究会・愛媛日英協会 主催のノーベル文学賞受賞記念公開シンポジューム「カズオ・イシグロに世界」に出席しました。シンポジュームの流れは
・ カズオイシグロの経歴紹介 A教授
・ 受賞理由及び受賞演説解説 A教授
・ カズオイシグロの作品紹介(A教授、W教諭、O名誉教授)

カズオイシグロ:ジャンルの多様性と怒りの深淵、作風の変化と中期作品の定義、
初期作品の特徴:記憶との関わり
等々シンポジューム内容は豊富な資料と詳しい説明に関心を深めています。
参加者は約150名ぐらいいたようです。


シンポジューム

日英協会例会に出席

カズオイシグロノーベル文学賞受賞記念シンポジウムに参加しました。 松山大学の 会場は いつもより 多勢の出席者で 主催者側は大変 満足していました。 シンポジウムの後は 日英協会の 懇親会に出席し 親睦を 深めました!

トルコ旅行 スケッチとクロッキー

トルコ旅行のクロッキーとスケッチを仕上げました。 写真とは 違った 良い思い出 が蘇ります!
35枚クロッキを描きました。

小さい画像はクリックしてください。

ハドリアヌス帝により築られ、15000人を収容したと云うローマ劇場。トルコに残る円形劇場の中でもかなり保存状態が良い。芸術的な価値が高い舞台部分の装飾やレリーフは必見の価値がある。
今回のツァーでは観光ルートに入っていなかったけれど、プルパパは独りで駆け足観光しクロッキーをしました。ここでトルコの青年に親切なガイドを思い掛けずして頂き感動しました。


トルコツァー最初のモスクにてプルサの古い時代のモスクでした。




コザハンのシルクロードラクダ隊商宿、シルク製品の土産店が沢山ありました。


ブルサ
ブルサの街レストランテラスにてブルサの新市街地を眺望
お昼のランチは世界三大トルコの料理のカバブが美味しかったです。

カッパドキア

トルコ中央のアナトリア地方の名称カッパドキア 周辺は海抜2000~3000メートル
太古の昔、火山の噴火によって堆積した溶岩や火山灰が長い年月の間に浸食されて出来た奇岩群は圧巻でした。       
カッパドキアにて絵手紙用スケッチイング
オプション希望の人達は熱気球観光の予定だったが雪の為残念中止でした。

ふじ
トルコ富士と言われている、名前が出てきません"(-""-)"

アヤソヤモスク
アヤソフィアモスクスケッチする時間が無くて猛スピードでクロッキーしました。
ビザンチン帝国時代の360年コンスタンティヌス2世によりキリスト教の聖堂として建てられた。
オスマン帝国が征服した後はイスラム教のモスクとなった。

魚ryズムら
ギョㇽズ村のウルバト湖クルージングボートからクロッキーしました。

自分のルーツを探す パート2

昨年8月自分ルーツについて神戸の家人が有力な資料をネットで見つけてくれました。
其の事をブログに掲載していました、先週金曜日鹿児島の方が自分ルーツを探していたところ
プルパパのブログにヒットしてコメントを寄せて頂きました。
以下コメント内容をコピペします。

<私の先祖も同郷のようで
こんばんは。
突然のコメント大変失礼いたします


私の祖父も旧波方村(現今治市)の小部で生まれ育ったようです。
私が子供の頃、当時は鹿児島で商売を営んでいた祖父が私に、自分が子供の頃は『波方村』というところに暮らしていた、と言ったことがありました。
それだけを頼りに20年ほど前に、東京から広島経由で波方へ立ち寄り一泊したところ、宿の女将さんが木村姓なら小部の部落に行くとあるかもしれないと言いました。
そこで、小部の漁協を訪ねたり町役場で戸籍謄本を取ったりしたところ、小部の中に祖父の生家が(家自体は変わっているはずですが)ありました。表札は菊川となっておりました。
小部を歩くとほとんどの家が木村か菊川。
誰か祖父を知っている人がいれば話を聞きたいと尋ね歩いたりしましたが、すでにその昔を覚えている方は皆すでに他界されているとのことでした。
辺りを散策し、木村新兵衛の碑を眺め、帰途につきました。

ただそれだけのことなのですが、私自身の先祖が小部、そして淡路島にあるということがずっと意識の中にあり、海賊だったのかななどと興味深く思っている次第でございます。

まだ淡路島を訪れたこともないので、いつか行ってみたいと考えております。

ネットなどで、探してもなかなか手掛かりがなく、本日偶然に目にしたブログになんだか嬉しくなりコメントさせていただきました。

2018/01/18 18:41 by ふみふみ URL 編集


偶然というか、摩訶不思議なことがありました。ふみふみさんのブログコメントを戴く前日プルパパが見た夢は木村新兵衛の碑の囲いの中で菊川象山という架空の書家が書道塾を立ち上げるという夢を観たばかりでした。
子供の頃、碑の囲いの中はプルパパ達の悪戯小僧の遊び場だったのです。そして架空の書家が現れる原因は愛媛大学の書道の名誉教授菊川国男氏が関係しているのかと思います。「坊ちゃん会 漱石研究会」の会報題字揮毫をされており、会員から親戚の方ですか?とよく言われました。

司馬遼太郎の「人々の足音」という小説を思い浮かべました、プルパパの思い違いかもしれないが、鹿児島の陶工の故郷は豊臣秀吉朝鮮進出時遠く朝鮮から陶器職人として朝鮮から連れてこられたと記憶しています。陶工は「故郷忘れ難し」望郷を果たせなかったのでしょうね。ふみふみさんの祖父の第二の故郷が鹿児島とお聞きして故郷についてのお話でした。

ふみふみさんへ
コンタクトを取りたいのですがこちらにメールして頂ければ嬉しいです。
t.kikuka@cnc.e-catv.ne.jp







老犬プルートと乙女椿

外出が好きなプルートです。


プルパパのテニスに同伴、いつもの元ゴルフ跡で散歩しました。

ブログ用

グランドでは少年野球が二つのグランドで試合をしています、もう一方のグランドでは少年サッカー試合をしていました。
プルートは脚力が弱くなっている、直ぐに座位体になってしまうのです。

山茶花とプル
膨らんだ乙女椿の蕾がようやく開花しはじめました。
散歩知人のNさんご夫婦と挨拶をした時、まだ二分先だけれどお宅の庭の花綺麗ですねと話され賛美していただきました。

山茶花
プルート君モデルにブログ掲載写真をとりました(*^▽^*)

寒いです

先日鈍川温泉にいってきました。


ラ・フランス
ラ・フランスの香りと柔らかい食感を愉しんでいます。


モデル
ラ・フランスとプルート君。

日向ぼっこ
プルートはいつも寝そべっています。

色鉛筆
色鉛筆画のラ・フランス
柔らかいタッチで描いてみました、もっと描きこまなければいけないかな

プロフィール

プルートパパ

Author:プルートパパ
プルート:♂2017年12月13歳になりました
2014年、7月リンパ腫ガン発症 抗ガン治療6か月点滴治療後、現在元気に
過ごしています。最近後ろ足の筋力が低下している、それでも散歩は嬉し
そうに出かけている。体重22キロ 覚えの早い知能派 生まれは神奈川県平塚市 野菜大好き ,スポーツタイプ (過去は走り、泳ぎ、ジャンプ、フリスビー大好き 特技横とびジャンプ、ドッグキャッチされること大好きでした。

プルートパパ:ボーダーコリーが大好き
ジョギング、テニス、スケッチ、油絵、読書(松山坊ちゃん会漱石研究会理事活動)
好奇心旺盛な男性。                  
家族 :つれあい

   神戸&横浜に息子在住
   孫男2人,女2人

   
            

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